


極寒のベルリンは映画祭一色。至る所にポスターや垂れ幕が掲げられ、町全体が映画祭を盛り上げている雰囲気に、次第に気持ちが高揚して来た。小品「千年火」が幸運なことに、ベルリン国際映画祭・キンダーフィルム部門から招待された。今年の2月のことである。
映画祭での「千年火」の注目度は驚くほど高く、現地の映画雑誌にも他のメジャー作品を差し置いて「見逃してはならない3本の映画」にも選ばれていた。ワールドプレミアは、ツォーパラストという歴史ある劇場。座席数 1000の巨大な会場が、毎回ほぼ埋め尽くされるという。だが、観客の目は厳しく、不満足な出来栄えに映ると、途中で観客が帰ってしまうとも聞いていた。「千年火」のチケットは何日も前に売り切れ、かえって期待が大き過ぎるのではないかと、私は緊張気味に開幕のベルを待っていた。

映画「千年火」は、千二百年間消えたことのない炎をもとに紡いだファンタジーである。福岡県新宮町の「横大路家」(国指定重要文化財)のかまどでは、最澄が 805年に唐から持ち帰った法火を今も燃やし続けている。地域からの文化発信の一助になればと日本で初めて公設ホールが企画した映画であり、新しい試みとして大きな注目を浴びた。
地域と深くかかわりながら映画を制作することは、町づくりと同じような効果を生む場合がある。その地域の有形無形の財産を知ること、自然をつぶさに観察すること、そして、見慣れた風景の中に潜んだ魅力を掘り起こすこと。そうした活動を進める中で、映画にかかわった人々が見えない絆で結ばれ、自分の町に対するアイデンティティが構築されていく様子を、私は間近に見てきた。
しかし、映画はその舞台となる地域の自然に大きく影響されるため、ロケーションでは思うようにならない事も多い。普段静かな海が撮影日だけざわめいていたり、物語上あってはならないところに大きな建物があったり、季節外れの長雨に祟られたこともあった。当初思い描いたイメージとは大きく異なることも多々あるが、葛藤の末の選択が素晴しい効果を生むときもある。だから映画の作り手には、その土地ならではの空気をいかに感じ、どのように表現するかが問われるのだと思う。

私が地域にこだわるのは、地域独自の自然文化や歴史を深く掘り下げていけば、どこかで普遍性につながるのではないかと考えているからである。「千年火」が国際的な舞台でどのように受け止められるかは、まさに私の考えが立証されるかどうかの実験の場でもあった。それだけに、ベルリンでの上映前は柄にもなく緊張し、恥ずかしいことだが足の振るえが止まらなかった。
映写が始まると、私の心配は杞憂となった。場内は笑いと歓声、そして、涙で包まれた。終映後は大きな拍手が数分は続いた。我々の名前が呼ばれ、舞台に上がると更に拍手が大きくなり、やがてスタンディングオベーションに変わった。映画が好きな町と映画が好きな人々の前で「千年火」が上映される。この素晴らしい感動を、この作品に関わった地域の皆さんと分かち合いたい、素直にそう思った。
僅差で受賞は逃したが、大きな収穫があった。それは自分の作品が評価された喜びではなく、映画という芸術が大きな力を持っていることを実感できる幸せ。そう、映画はまだ生きているのだ。地域でも、世界でも。
※毎日新聞 (三重版2005年8月12日朝刊)に寄稿した文章をもとに加筆したものです。