

- ハリス
- 瀬木さんとは今日はじめてなんだけど、実はいろんなコネクションがあるんだよね
- 瀬木
- そう、となり組(笑)
- ハリス
- 僕はバリ島の芸術村って言われるウブドで、カフェを今年まで10年ほどやっていましたが・・・、瀬木さんはホテルをやっていて
- 瀬木
- ホテル名は、DHARMA・SAKTI(ダルマ・サッティ)といいます。オープンしてもう13年目になります
- ハリス
- ウブドの中心にはパレスがあって、そこから西に谷を下ればチャンプアンに行って、南に下ればモンキーフォレストという文字通り猿の森があるよね。それで北に向うとテガラランという美しい田んぼの広がる方へ行くのだけれど。僕のカフェは南に下ったところにあって、瀬木さんのところはテガララン方面に
- 瀬木
- そうです。丘を2キロ上がったところの左側にあります
- ハリス
- 行ったことあるよ。あそこのセンスを見て、日本人がやっているんじゃないかって感じがしてました(笑)僕は友人に任せっぱなしで、まあ、いいところ取りということで
- 瀬木
- 僕も経営は現地のマネージャーに任せています
- ハリス
- お客さんは、やはり日本人が多い?
- 瀬木
- うちはヨーロピアンが多いかな。絵描きや音楽家が隠れ家のような感じで使ってくれることが多いです
- ハリス
- あの辺はとても静かなところで、犬の声と時折通るバイクの音ぐらいしか聞こえないでしょ
- 瀬木
- そうですね。でも夜は非常に騒がしい。カエルの大合唱なんです。夜中も2時ごろから鶏がコケコッコーと鳴き始める
- ハリス
- 鶏は僕は嫌いだな。(笑)あれを聞くと絞めたくなっちゃう。(笑)一羽鳴くと、次々と鳴き始めるでしょ
- 瀬木
- 僕は全然気にならないけど(笑)
- ハリス
- ところでなんでバリにしたんですか?
- 瀬木
- 20代初めの頃から世界中を何度も放浪しまして、ハリスさんほどじゃないけど。チベット、中国、インド、で、マレー半島下ってバリまで行ったんです。いろんなところに行ってみて、バリ島だけ何だか帰ってきたような感覚があったんです
- ハリス
- そうなんだね。僕もマレー半島を下って、船とバスを乗り継いでバリまで行ったんだよ
- 瀬木
- でも時期は20年近く違いますよね(笑)。帰ってきたような懐かしい土地なんです、バリは。海外旅行をしたこともない父親をバリまで連れて行ったら、最初、戦前の日本みたいだと吐き捨てるように言いまして、ところがそれから何回も行っていまして(笑)
- ハリス
- 確かに日本と似ているよね。田んぼがあって、人は穏やかで。祭り太鼓の代わりにガムランが聞こえてきて。バリでは芸術と一般の人々が分離されていないよね。田んぼ仕事を追えて、集会所に集まって、それからガムランの練習が始まる
- 瀬木
- ガムランには楽譜がないのも凄いですよね。みんな一緒に練習して習得していく。時間がかかるけど、身体に染み付く。生活と音楽が未分離なんですよね
- ハリス
- かのビートルズもリハーサルの時に何の合図もしていないのに一緒に演奏が始まったって言うけど、何十人もいて、突如始まるのは凄いね
- 瀬木
- ガムランの場合は、一応合図はあるのだけれど、演奏者たちが皆、生活のリズムも音楽のリズムも共有しているんです。だから自然発生的に始まるように見えてしまう
- ハリス
- ね、バリのことを話すと、何で自分は日本にいるの?という感じになってしまわない?
- 瀬木
- 無性に行きたくなりますね(笑)
- ハリス
- でも、経営していると、バリでは大変なこともあるでしょう?
- 瀬木
- ほとんど任せっきりだけれど、向こうに行けば民宿のオヤジをやっています。朝6時から起きて庭の手入れをしたり、壊れたボイラと格闘したり
- ハリス
- 従業員なんてお祭りがあると、連絡もなくて急に休んだりとか
- 瀬木
- 祭りは全てに優先されますからね。建物を作るときは大変でした。火の神様、水の神様、土地の神様にそれぞれお祈りして、それも祈祷師に良き日を聞いて。庭を作るときも木を植えてはならない日とか、切ってはいけない日とかあって、結局、2、3年かかったかな。(笑)それを楽しめれば面白いところですよね
- ハリス
- 瀬木さんとの共通の友人で、現地で日本食レストランをやってる方がいるんだけど、彼が建設中にテーブルが納入されたというので見に行ったら、そこで昼ごはんを食べていた大工さんがテーブルに彫刻を彫っていたとか(笑)
- 瀬木
- うちも似たようなことがありました。庭園の周りにコンクリートパネルの歩道を配置してあるのですが、コンクリートに小石をランダムに配するよう指示していたのだけれど、ちょっと目を離したスキに、花柄が出来てしまっていて(笑)
- ハリス
- きっと我慢できなくなってしまうんだろうね
- 瀬木
- そういうことが凄く楽しい
- ハリス
- 帰りたいですねー
- ハリス
- 今お聞きいただいたのは、瀬木さんが監督した『LOVE ASIA〜花びらの舞う海へ』の主題歌、佐賀県出身のデュオ、ケイタクのナンバーですが、実はドラマは偶然テレビで見ました。今日はDVD版で見直しました。ストーリーは、ジャカルタから東へ、バリ島、ロンボク島、フローレス島へ。10数日間の旅路を描いたロードムービーですが、インドネシアでの撮影はどうだった?
- 瀬木
- どこでも人垣が出来ました(笑)。老人役のヒム・ダムシッという俳優ですが、日本で言えば高倉健さんクラスの国民的俳優だったんです
- ハリス
- そうなんだ。あの人、日本語しゃべれないでしょう
- 瀬木
- 彼は戦時中実際に国民学校で日本語を学んだんです。役の設定と全く同じだったんですね。カタコトは出来ましたが、ほとんど忘れていました
- ハリス
- 撮影は日本国内より楽だった?
- 瀬木
- ロケ隊を群集が囲んでも、目立ちたいとかカメラに写りたいとかのアクションはなかったです。カメラを見ないで、というだけでOK。だからエキストラというか、町の人々の動きが自然だったでしょう
- ハリス
- そうだね。向こうに行って感じるのは、子どもたちに寛容というか、例えば、レストランでもウエイターやウエイトレスが子どもの相手をしてくれるので、子どもも退屈しない。だから子どもも我がままも言わない。日本では子連れでレストランに入ると隅っこの席に案内されたりして。あれは日本にはないアジアのやさしさという気がするね
- 瀬木
- 僕も子どもを連れてバリに何度も行ったけれど、言葉が通じなくても、近所の人がきて面倒を見てくれる。子どもを育てるには最高のところですね
- ハリス
- この『LOVE ASIA〜花びらの舞う海』は2004年の作品ですよね。二つの
父と子の関係が描かれていて、ひとつは西島秀俊さんが演じる洋介。彼は父親との確執を抱えたまま、父が亡くなりその傷を抱えている
- 瀬木
- 平たく言えば、自分さがしの旅に出るわけです
- ハリス
- もうひとつは、自分の子どもを亡くして、それを秘めて洋介と旅をするインドネシアの老人ですね。父と子の関係、瀬木さんにとって特別な意味があるのでしょうか?
- 瀬木
- 僕と父親の関係はそれほど悪くはないと思いますが、むしろ、自分と子どもの関係というか。今二人の子どもがいるのですが、彼らが生まれたときに、何かの始まりである喜びと同時に、これはいつか来る別離に向けての始まりなんだと強く思ったんですよ。ネクラかな(笑)
- ハリス
- 悲しいこと言わないで下さいよ。確か前作『千年火』も父と子の話でしたよね。そのストーリーを少々紹介していただいてもいいですか?
- 瀬木
- 11歳の少年が主人公で、彼は幼い頃に母親を亡くしている。父と東京で二人暮しですがその父も死んでしまうんです、物語の中で。そして、祖父母の住む福岡県のある漁村に預けられます。父が死んだことがきっかけで、彼は他人とのコミュニケーションが困難な、いわゆる緘黙(かんもく)になってしまうのですが、村の元気な人々に触れて癒されていく、そんなストーリーです
- ハリス
- 漁師の荒々しい優しさ?
- 瀬木
- そう、言いにくいことを言うのも優しさ。腫れ物に触れるような優しさもあると思いますが、やはりはっきりと自分自身をさらけ出してぶつける、その方が優しく思えることもあるのではないかと思いまして。九州人の場合は言葉は荒いけれど、そこに人間味がにじみ出てくるような気がするんです
- ハリス
- この作品は、丹波哲郎さんの遺作とか
- 瀬木
- 映画の中で動いている作品としては最後だと聞いています
- ハリス
- 僕は父親との関係が複雑で、実は一生のテーマなんです。いつかはやらなくてはならないと思っている。親父との確執を清算するために、それはどんな形でもいいと思うけど、やはり映画にしたいな。もう死んじゃったけどね。親父の話なら3日での4日でもできますよ。ある時スタッフに親父の話をしていたら、ハリスさんは幸せだよ、日本人は父と過ごす時間がほとんどない、って言うんだよね。瀬木さんもやはりそうでした?
- 瀬木
- 僕が子どもの頃は高度成長の終わり頃でしたから、やはり父も忙しくて、あまり一緒に遊んだ記憶はないですね
- ハリス
- やっぱりそうなんだ。でも、今ではバリ島に一緒に行ってのんびりできる関係になった
- 瀬木
- そうですね
- ハリス
- 僕は、親父との確執をそのままにしてしまったので、ちょっと心残りがありますね
- ハリス
- 脚本は自分で書くの?
- 瀬木
- 脚本家との共同執筆が多いですね
- ハリス
- 脚本とか発想の原点はどこにありますか?
- 瀬木
- 一言で言えば、自分をボーリングしていくしかないっていうか
- ハリス
- イングマール・ベルイマンはスウェーデンの沖の島に行って書いたというし、小津安二郎は酒を飲みながらスタッフの間に入ったそうですが、瀬木さんの場合は?
- 瀬木
- 僕の場合は、自然の中に行くことかな。バリ島もそうですが、西表島のジャングルにテントを担いで入ったり。する自然にアイデアが下りてくるんです。あれは不思議な経験です
- ハリス
- 次の作品の予定は?
- 瀬木
- 実は今製作中で、タイトルは、Watch with Me〜卒業写真〜といいます。看取るという意味の聖書の一節からとった言葉なのですが、がんを患い、死を目の前にした44歳の写真家が、生きる希望を持ちながら最期まで生き抜くという、まぁ、ヒューマンドラマです。今度は福岡県の久留米が舞台です
- ハリス
- バリ島と福岡、沖縄、それを中心に人生が回っているという感じかな、瀬木さんの場合は
- 瀬木
- 人間は生きる上で、現実の世界と向き合う求心力を持った場というのが必要だと思います。その意味では、確かにバリ島と沖縄、そこから多くのことを学んでいますね。九州もそうですが、人間との絆が深い。世界というのはそう冷たくない
- ハリス
- 東京はたしかに冷たい感じになる。バリ島にはハッピースマイルが溢れているよね
- 瀬木
- 映画っていうのは発想してから完成までに2、3年。作るのに時間がかかるんです。上映やDVD発売まで勘定に入れるとワンサイクルが4、5年。そういう意味では、目の前で表現できるミュージシャンというものに憧れがあるんですよ、僕は
- ハリス
- 僕も同じ!最高のアーティストはやはりシンガーだと思う。僕は弟を二人亡くしているんだけど、彼らの音楽の才能は素晴しくて、僕だけ文学に行ってしまった。最近になって人前で歌うようになったけれど
- 瀬木
- でもDJも同じでしょう。自分の声だけで勝負できる
- ハリス
- そうかなぁ。シンガーと違うのは、ヘッドホーンをしていて一人でやることが多いってこと。ただ、自分の声に陶酔しなくてはならないのは同じかも知れないけどね。・・・ここでリスナーからのメールを紹介します。(中略)・・・大学で日米の文化比較という課題が出たのですが、僕は映画を取り上げたいと思います。いい切り口があれば教えて下さい・・・これはやはり瀬木さんに答えてもらいましょう
- 瀬木
- いきなりですか?(笑)・・・映画というのは文化の集積で、総合芸術とも言われますが、音楽、絵画、宗教観、食・・・あらゆる要素が凝縮されたものなんですね。だから難しく考えなくても、俳優の仕草ひとつ、画面に登場する絵画一枚、音楽の楽器編成なんか、どれを取り上げてもいろんな見方が出来るんですよね
- ハリス
- そうですね。映画に描かれているある家族の一日、それだけでも十分テーマになりますよね
- 瀬木
- 前作『千年火』には、狐の面をかぶった男が短いシーンで出てくるのですが、ベルリン国際映画祭に招待された際の記者会見で、子ども審査員が、狐という動物は日本の文化の中でどのような位置づけにある動物か、と聞いてきました。日本ではプレスからこんな質問は出ない。僕の方はいろいろ考えてこの場面を作ったので、よくぞ聞いてくれました!って感じでした。だから、何かひっかかりがあればいい。小さなところを比較しても文化比較になるんだと思います
- ハリス
- 瀬木さんが影響を受けた作品ってあります?
- 瀬木
- そうですね、いろいろあるのですが、ロベール・エンリコ監督の『冒険者たち』は好きですね
- ハリス
- 何と言う偶然!僕もそうなんです。アラン・ドロン、リノ・ベンチュラ、ジョアンナ・シムキス。僕の未来を決定づける映画だったんです。初めて観たのは高校生だったかな。 あれから、アフリカに行って恋に落ちるような人生を送りたいと思うようになってしまった。本当にそうなっちゃったけど(笑)劇場で15回は観ていますよ
- 瀬木
- 僕の場合はリバイバルだけど、僕も相当観ていますよ
- ハリス
- どこが特にいいですか?
- 瀬木
- そうですね、カッティングのセンス、音楽の使い方、描かれている世界観・・・でしょうか?
- ハリス
- 僕の学生時代は、ゴダールに凝っているヤツがたくさんいて、『冒険者たち』が好きだと言うと、何だか恥ずかしかったのを覚えています
- 瀬木
- そうなんですか(笑)
- ハリス
- 映画を撮っていて、フラストレーションを感じること多いでしょ
- 瀬木
- (絶句)・・・そうですね。でも、撮影の現場は楽しいです。日本映画を支えてきた年配のカメラマンやライトマンなどと、朝早くから熱いコーヒーをすすりながら、あのシーンはこうしようとか、どうしようとか、そんな職人さんたちの中に自分がいられることが幸福ですね
- ハリス
- なるほどねぇ。わかるような気がするなぁ(笑)。これからも応援しています。有り難うございました
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